●自動車技術会が、国内二輪車メーカーの協力を得て、芸術系大学の学生を対象にした「二輪デザイン公開講座」を開いた。
●デザイナーを目指す若者に、バイクデザインの仕事の内容と、その魅力を知ってもらおうという体験型の特別教室。
●4社のトップデザイナーが直々に仕事の技を伝授する授業、受講した学生たちに感想を聞いてみた。
「バイクのことぜんぜん知らないんです」
2016年8月29日・30日の2日間、公益社団法人自動車技術会(自技会)の主催で、静岡文化芸術大学を会場に「二輪デザイン公開講座」が開かれた。これは自技会と、カワサキ、スズキ、ホンダ、ヤマハのデザイン部門が協力し、クリエイターを目指す若者にバイクデザインの仕事を知ってもらおうという特別教室で、芸術系大学の1、2年生約40人が参加した。教室内には大型バイクが何台も置かれ、中央の作業テーブルにはペンや定規などの道具や画材、製品カタログなどが用意されている。
自技会の担当者は、「日本の若いクリエーターの志向性は、ゲームやWebデザインへの人気が高く、クルマやバイクのデザイナーを目指す人が減っています。まずはバイクデザインという仕事があることに、若い世代の目を向けさせたい」と、講座の目的を話す。
授業が始まる前、教室のバイクにまたがっていた女子学生に話を聞くと、「私、バイクのことはぜんぜん知らないんです。こんなに近づいてみたのは初めて」と、素直に告白。こうした受講生をいかにバイクに振り向かせるかが、講座のネライどころといえそうだ。
仕事の難しさと楽しさを伝えたい
講座は2日間にわたって行われた。初日の午前中はバイクの歴史やデザインの基礎についての講演。午後からは本格的なワークショップに移行し、受講生全員が「アイデアスケッチ」を描く。
講師は、「バイクデザインの仕事は、1個1個のバイクの部品やその機能について理解していないとできません。難しい仕事だけれど、自分のアイデアが形になったときの達成感は大きい。みなさんぜひ、バイクデザイナーを目指してください」とエールを送った。
続く2日目は「レンダリングスケッチ」の完成に3時間、「クレイモデル」の製作に3時間をかけ、受講生たちは真剣に取り組んでいた。
デザイナーを目指す夢が芽生えた
受講生のなかには課題の難しさに頭を抱えてしまう学生もいた。しかし、各メーカーのデザイナーがつきっきりで描き方をアドバイスし、ヒントを与え、学生は頭のなかのイメージを必死に形にしようとがんばった。
指導に当たったデザイナーの1人は、「なるべく自由な発想を大事にしますが、サスペンションが描かれていないなどの知識不足があります。『この形状だとハンドルが切れないよ』と欠陥を指摘するうちに、だんだん彼らのデザインの思考に深みが出てきます。短い時間でどんどん成長しました」と振り返る。
クレイモデルの教室では作業に没頭する受講生たち。ほとんどの学生がクレイを扱うのは初めてだったが、ためらいなく手を動かしていた。「思った形にならないけど、こういう作業は大好き。先生たちの手際がスゴイですね」と、物を作ることに楽しさを感じ始めていたようだった。
冒頭に登場した女子学生、京都造形芸術大学のHさんは、「企業のデザイン部門に就職したいのでいろいろな講習に参加しています。だから私はバイクが好きというわけではなかったのですが、製品を間近でじっくり見ているうちに、カッコよさに惚れ込んでしまいました。いま真剣にバイクデザイナーを目指そうか考えています」と、真面目な顔。
東海大学のYさんは、「大学のデザイン講義は観念的になりがちですが、この講座は実践的で、得られたものが大きかったです。なにしろプロのデザイナーの方にずっとそばについて教えてもらえて、自分でもかなりスキルアップした実感があります。これからもバイクデザインの勉強を続けたい」と、満足そうだった。
講座の終盤になると、スケッチの出来映えについて講師とあれこれ笑顔で話す余裕も生まれて、好きなことに取り組む生き生きとした若者の表情が教室にあふれていた。
次の世代に求める日本のバイクデザイン
受講した学生たちの反応は、将来の自分の仕事に出会ったようなワクワク感と、頼もしいくらいの意欲にあふれていた。その若い世代に期待するバイクデザインとはどのようなものか、各社のデザイナーに聞いた。
カワサキのデザイナー・木村徹(きむら とおる)さんは、「人馬一体という言葉通り、バイクは人が乗った状態でデザインが完成します。しかも細部まで、見えるところはすべて、ボルトの1本までデザイナーが決めていく。仕事にとことん自分の個性を込められるのが魅力。新しい時代にバイクはどうあるべきか、既成概念を否定して、私たちが思いもよらないようなバイクデザインにチャレンジしてほしい」と話す。
スズキのデザイナー・森田一男(もりた かずお)さんは、「バイクデザインというのは、一つひとつの部品の機能と人間との関係性を考えたり、むき出しのボディでありながら全天候に対応しなければならないなど、さまざまな制約をクリアしながら形を作ります。難しいからこそやりがいがある。暮らしのなかで長く愛される画期的なデザインを追求してほしい」と話す。
ホンダの田村健司(たむら けんじ)さんは、「鉄、アルミ、チタン、カーボンなど、バイクを作る素材は豊富です。表面処理や塗装にもさまざまな手法があって、それらすべてを組み合わせて一つの製品を作り出す面白さがあります。性能にも安全にも心を砕き、バイクデザインは究極の工業製品を作る仕事なのです。これからの世代には、グローバルな視点で価値を生み出せる人材を求めたい」と話す。
ヤマハの田中昭彦(たなか あきひこ)さんは、「人間がマシンを操作して、マシンはそれをフィードバックするわけですが、そこに生まれる喜びをどうデザインするか。モノとしてカッコいいだけでなく、フィーリングを創造するのがバイクデザインの醍醐味です。これからのデザイナーには、整った美しさに甘んじるのでなく、いったんそれを打ち壊して、感性に響く新しいスタイリングにチャレンジしてほしい」と話した。
日本のバイクづくりにかけてきた夢を若い世代に紡いでいく「二輪デザイン公開講座」の試みは、今後、ますます大きな意義をもちそうだ。
JAMA「Motorcycle Information」2016年10月―11月号ズームアップより
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PDF: バイクデザイン講座