●全日本モトクロス・レディースクラスのトップ争いが熱い。
●高レベルな走りをみせる有力ライダー4人にインタビュー。
●普段着の彼女らを訪ね、モトクロスにかける思いを聞いた。
※この記事は、2018年のレースシーズンの開幕ごろ執筆されたものです。
2018年MFJ全日本モトクロス選手権シリーズの「レディースクラス」は、ライダーの実力が拮抗し、トップ争いが激しくなっている。男子顔負けのジャンプや激しいバトルをみせる彼女たちの素顔とは? “普段着”の女子ライダーを訪ね、モトクロスにかける思いについて聞いてみた。
特別な環境で育った“一握りの存在”
モータースポーツの競技に取り組んでいる女性は、まだまだ一握りの存在だ。一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)によると、同協会のモトクロスライセンスを所持している女子ライダーの数は122人。そのほとんどが、親にレース経験があるなど、周囲からの影響を受けて競技を始めている。幼いうちから家族とダートコースに出かけ、キッズ用のオフロードバイクに親しむなど、特別な環境で育った女性たちが多くを占めている。
「モトクロスのレディースクラスは、2ストローク85ccか、4ストローク150ccのマシンを使用しています。小型・軽量なマシンは日本人女性の体格に合っており、力を存分に発揮できるので、レースには迫力があります」と話す(MFJ事務局)。小型・軽量なマシンとはいっても、ダートのストレートでは時速100kmに達し、ジャンプは20mを超えるだけのパワーがある。
近年、全日本モトクロスのレディースクラスは、実力が拮抗して優勝争いが激しくなっている。今シーズンは上位の10人くらいのなかで、誰が勝ってもおかしくない状況だ。
その状況を踏まえ、カワサキ、スズキ、ホンダ、ヤマハの各マシンを駆る4人の有力ライダーに、今シーズンへの意気込み、モトクロスにかける思いについて話を聞いた(以下敬称略)。
モトクロスに全身全霊をかける――竹内優菜
2017年チャンピオンの竹内優菜(ホンダ)は、「昨年は課題にしていた“安定した成績”でタイトルが取れたので、少しは成長したかと思います。今シーズンはもっと優勝回数を増やしてチャンピオンの座を守りたい」と話す。
竹内のレースは、アグレッシブに攻めるのが身上。どのライダーよりも果敢にジャンプし、捻りを加えたダイナミックな空中動作で、観客の目を楽しませる。「魅せる走りをしたい。アケアケの派手なジャンプを見てほしい」と、サービス精神も旺盛だ。
根っからの負けず嫌いでバトル好き。モトクロスライダーだった父親の影響で、5歳の頃から男子に交じってダートに親しんできた。12歳(2009年)で全日本に本格参戦し、2014年に17歳で初チャンピオンとなる。気は強いが涙もろい。「優勝を決めたレースでは、最後の周回中に涙が止まりませんでした。鈴木(沙耶)さんや益(春菜)さんに憧れた私にとって、同じ1番のゼッケンを付けられることが、本当に光栄でした」という。
竹内は静岡県焼津市の出身で、現在、地元の一般企業で働いている。海が近くて静かな町だが、近隣にダートコースがないので、週末はトレーニングのために父親と2人で近畿圏や関東圏へと足を伸ばす。「金曜日に仕事を終えて帰ってきたら、クルマにバイクを積んで自分で運転して長距離を移動します。コースに着いたら仮眠をとって、朝から練習。その繰り返しですね」と苦笑い。まったく休みのない生活が、身体に滲みついている。
「モトクロスは自分の人生になくてはならないもの。燃え尽きるまでやります」と話す竹内は、アスリートとしてストイックな生き方を実践している。
全日本チャンピオンタイトルを獲りに行く――久保まな
昨シーズン、ランキング2位となった久保まな(スズキ)は、京都市に住む関西大学の2年生。街なかで会うと、まるでティーン向けのファッション誌から抜け出してきたような女の子だ。授業が早く終わる日はダートコースへ行って練習したり、普段はランニングや筋トレをしたり、寸暇を惜しんで自分を鍛えている。本格的に全日本に参戦したのは、13歳(2011年)のとき。じりじり順位を上げ、15年と16年には5位に入り、17年にはチャンピオン争いするところまで伸びてきた。
一方、大学では総合情報学部に在籍し、テレビ制作などの情報発信について学んでいる。「大学に入ってから人との関わりが広がって、ウエアに『関西大学』のロゴを入れさせてもらったり、縁があって大阪体育大学の先生にフィジカルトレーニングや栄養面について勉強させてもらえて、ほんまに充実してます」と、屈託のない笑顔をみせる。
その真面目な学生生活と、全日本選手権での優秀な成績が評価され、2017年度の関西大学学長奨励表彰を受賞した。この表彰は、全学生のうち数人しか選ばれない栄誉で、自分の大好きなモトクロスが周囲から認められたことが、久保はとても誇らしい。
「両親はもちろん、チームの皆さん、応援してくださる方々など、周りの人たちが幸せな気持ちになるように、私は1戦、1戦、優勝を目標にして頑張ります。バイクとの一体感がこれまで以上に出てきたし、精神的にも自信が湧いています。今年こそチャンピオンタイトルを獲りに行きたいと思います」と、久保は自分に誓うように言い切った。
応援してくれる人たちと一緒にレースを楽しみたい――安原さや
神戸市で暮らす安原さや(ヤマハ)は、7歳でレースデビューしており、年齢こそ若いがモトクロス歴はかれこれ20年になる。レディースクラスの上位ライダーのなかで、安原は少しだけ“お姉さん”だ。
「でも私、いまだにアクセルを開けるのが怖いし、ジャンプも苦手でなかなか飛べへんし。もっとみんなを見習わないと」と話したあと、「あ、年長者がそれではあかんですね」と笑う。おっとりした性格なのか、たまに出る関西弁でふわっと言われると、どこまでが本当かわからなくなる。
もちろん安原がヘタなハズなどない。全日本選手権には13歳(2005年)から本格参戦して以来、上位ランキングの常連として、年間2位、3位を連発してきた強者だ。ただ、チャンピオンタイトルにはなかなか届かず、念願の総合優勝を果たしたのは、2015年のことだった。
「1位になったときは、応援してくださる方々への感謝でいっぱいでした」
そして翌2016年、なんと安原は24歳で短期大学に入学する。モトクロスでの目標を達成した自分に、新しいステップを課したという。現在、安原は大手前短期大学の学生(3年間の長期履修生)として、アナウンサーや司会者としてのスキルを学びながら全日本への挑戦も同時に続けている。
そんな安原にモトクロスへの意気込みを尋ねてみた。「成績はもちろん大切ですが、私は応援してくれる人たちと一緒にモトクロスを楽しみたいという気持ちが強くなりました。パドックにもどんどん来てもらって、レースイベント全体を楽しんでほしい」という。そう話す安原には、経験を重ねてきたライダーならではの余裕がある。今年もチャンピオン候補の1人に違いない。
家族一緒に戦うのが私のモトクロス――神田橋芽
神田橋芽(カワサキ)には2つ下の弟、瞭がいる。芽が5歳になったとき、父親は姉弟を前にして、「家族が一緒にいる時間を大事にしたい。これからみんなで週末にモトクロスをやろうと思う」と言い出したという。
「はじめは戸惑いましたが、家族が一緒にモトクロス場で過ごす時間は、アウトドア感覚でとても楽しかった」と神田橋は振り返る。レース経験はまったくない父親だったが、乗り方を研究して子供たちにアドバイスしたり、マシンの整備も自分でやりながら娘たちを見守った。
こうして一家の“週末モトクロス”は、投げ出されることなく続けられ、姉弟のライディングはだんだん上手になっていく。神田橋は14歳(2012年)のときに現在のチームに所属することになり、本格的なレース参戦を開始した。「弟も同じチームで、今年から全日本のIA2クラスに昇格して頑張っているんです」と話す神田橋は、弟の活躍のほうがむしろ嬉しそう。自身については、昨年、自己ベストのランキング7位。この手応えについても、「弟が一緒に全日本選手権を回るようになったことが力になっています。弟がいてくれるから『私は気楽に行こう』って、いい意味でプレッシャーから解放されのがよかった」と話す。レースにおいてライダーのメンタルは非常に重要なものだが、チーム、両親、そして弟とも力を合わせている安心感が、神田橋の走りをのびのびと自由なものにしたようだ。
そんな神田橋は、現在、看護師の資格を取るために横浜市内の看護学校に通っている。「まだレースをやめるつもりはありませんが、いつかそのときがきます。看護師の道を選んだのは、医療の知識を活かして弟やチームの手助けができると思うから。いま私は、私なりにモトクロスに関わる未来を探しているんだと思います」と話す。家族と一緒に楽しむモトクロスを追求し続ける神田橋の活躍にぜひ注目したい。
JAMA「Motorcycle Information」2018年5月号特集より
本内容をPDFでもご確認いただけます。
PDF:全日本女子モトクロス