●埼玉県は、高校生のバイク利用を禁止する指導を見直しへ。
●生徒の免許取得を「届出制」とする新指導要項を検討する見込み。
●免許取得の生徒には、安全運転講習の受講など教育の充実を図る。
埼玉県の「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」(以下「検討委員会」)は、今年2月20日、提言を盛り込んだ報告書を埼玉県教育長に提出した。これを受けて埼玉県教育委員会は、従来推進してきた「三ない運動*注1」を見直し、新たな指導要項の策定に取り組む考えだ。
全国のなかでも強力に「三ない運動」を進めてきた埼玉県の決断だけに、同じように二輪車を禁止している他府県からも注目を集めそう。
埼玉県の新しい指導要項がどのような中身になるか、埼玉県教育委員会事務局に話を聞いた。
*注1:高校生のバイク利用に関して、「免許を取らない」「乗らない」「買わない」の3つを提唱する社会運動。
多くの論点で熱心な審議を重ねた検討委員会
この検討委員会は、埼玉県教育委員会が2016年12月1日に設置したもので、高校生の二輪車指導に関する現行の指導要項(「三ない運動」推進)*注2の効果を点検し、今後の指導のあり方を検討しようという組織。有識者、生徒の保護者、教育関係者、交通安全関係者などメンバーは総勢18人。会長には日本大学理工学部助教・稲垣具志氏が就任した。
検討委員会の協議は必ずしもスムースに進んだわけでなく、「三ない運動」を維持するのか、廃止するのか、あるいは一部改正か、さまざまな意見の応酬があり、報告書のとりまとめに際しても、最後のぎりぎりまで、盛り込む文言の調整が図られた。
2018年1月24日の第9回会議まで、じつに1年2カ月間にわたる協議を経て報告書が完成。途中、県内の高校生を対象にした「原付・自動二輪車に関する意識調査」も実施され、生徒の視点にも配意した。同報告書は、同年2月20日、稲垣会長から小松弥生埼玉県教育長に手渡され、小松教育長は「なるべく早く要項を制定し、命を守る交通安全教育に力を入れたい」と、積極的な姿勢をみせている。
*注2:1981(昭和56)年2月2日の教育長通達に伴う「自動二輪車等による事故・暴走行為等防止指導要項」。「高校生活にバイクは不要」という趣旨を掲げ、特別の事情による場合以外は、高校在学中の原付および自動二輪車の免許取得、購入、乗車を認めないという、「三ない運動」と同様の指導方針となっている。
「三ない運動」を発展的に解消
小松教育長の発言にあるように、検討委員会の報告書には、高校生への交通安全教育を充実させるための新たな教育体制づくりが提言されている。そのなかで、埼玉県の「三ない運動」の行方はどうなったのか――。
報告書をみると、「免許を取らせない」「乗らせない」「買わせない」といった禁止規定(校則)を廃止し、バイク乗車を前提にしながらも、生徒の生命尊重と健全育成を重視する指導を継続していくと読み取れる。埼玉県の「三ない運動」は、発展的に解消されたといえそうだ。
埼玉県教育委員会事務局(教育局県立学校部生徒指導課)の担当者は、「近年の埼玉県の教育には、生徒の自主・自律を養っていくという大きな方針があります。とくに選挙権が18歳に引き下げられ、生徒が自ら考え、選択し、行動できるように教育していくことが求められているところです。『三ない運動』が導入された当時の社会情勢は、交通事故の増加や暴走族の問題など、禁止も止むを得ない背景がありましたが、現在、『三ない運動』を推進している都道府県は半数以下です。高校生に対する交通安全教育も、いまの社会情勢に整合するあり方が求められており、それが今回の見直しのきっかけになりました」と話す。
二輪車安全運転教育の充実を図る
「三ない運動」を廃止して、具体的にはどのような二輪車指導を行うか。報告書をみると、「自動二輪車等の免許取得者に対する交通安全講習の実施など、安全確保対策に万全を期すこと」と記されている。その上で、新指導要項に盛り込むべき具体的な要件を3つ挙げている。
■1. 自動二輪車等の運転免許の取得に伴う届出等の手続きの導入
バイクの免許取得を希望する生徒に対し、交通社会の一員となる責任とリスクを自覚させるため、保護者との連名による「届出」を行わせる。交通法規の遵守、違法改造の禁止、任意保険への加入、安全運転講習の受講など、一定の制約事項を定めること、としている。
■2. 自動二輪車等による通学に関する制限
バイク通学に関しては、現行の指導要項と同様の規制方針を維持する。バイク通学を認める場合には、原付(50㏄以下)に限ることが望ましいとした。
■3. 交通安全確保方策の実施
埼玉県教育委員会および各学校は、バイクの免許を取得した生徒を対象に、交通安全関係機関・団体と協力し、安全運転講習を実施することとしている。
バイクの免許取得は「届出制」へ
埼玉県教育委員会の担当者は、「現行の指導要項は、極めて通学が不便な場合など、特別の事情により校長が許可した生徒に限ってバイクの免許取得・乗車を認めています。一方、新しい指導要項は、免許希望者は学校に届け出なさい、免許を取得したら安全講習を受けなさい、保険加入などの手続きもクリアしなさいという流れのイメージです。新指導要項は、どの生徒も免許の取得を希望できる“届出制”を定めたものになると考えています」と話す。
そして今後の県教育委員会としての取り組みに関しては、「新指導要項の策定に向けて報告書を読み砕き、今後の課題を抽出し、届出の制度導入をどうするか、バイクの安全運転講習をどうやって実施するか、具体的な教育体制づくりに取りかかります」と話している。
業界が協力して安全運転教育をサポートしたい
一般社団法人日本自動車工業会(自工会)二輪車安全教育分科会・飯田剛分科会長は、二輪車業界から検討委員会に参加し、積極的に意見を述べた。「会議に出席するに当たって、高校生に安全運転教育を行うことがいかに大切なことか、委員の方々にぜひご理解いただきたいという気持ちで臨みました」と話す。
検討委員会を振り返って、「規制的な指導を見直して、安全運転教育の充実へ舵を切ったことに大きな意義を感じています。バイクの利用を認めれば、生徒は隠れたりせずに安心して免許を取得でき、学校は安全運転教育に取り組むべき理由が出てきます。いずれ交通社会に出ていく高校生に対して、自他の命を尊重し、安全運転への自覚を促す大切な機会になると思います」という。
また、「二輪車業界としては、埼玉県の今後の取り組みに寄り添い、安全運転講習の実施体制をとるなど、高校生の交通安全をサポートしたいと思います」と話している。
モニタリング組織の構築が重要
検討委員会の会長を務めた日本大学理工学部の稲垣助教は、協議の全体を振り返って次のように感想を述べた。
「現行の指導要項を制定した埼玉県教育委員会が、自ら能動的にそれを点検する検討委員会を設置して、高校生のための二輪車に関する新しい交通安全教育を考える。これはたいへん画期的なことで、行政のあり方として高く評価できると思います。まだスタート地点に立ったばかりなので、これからの取り組みでしっかり成果を収めれば、『三ない運動』を上手に転換したモデルケースとして、全国の参考になるのではないでしょうか」と話す。
さらに今後について望むことは、「高校生の二輪車の交通安全をテーマに、教育行政、PTA、保護者、二輪車業界、交通安全教育組織に加えて、交通管理や道路管理に関わる行政組織も一堂に会し、利用実態や交通事故の発生状況をモニタリングする組織づくりを提案します。バイクの利用実態をしっかり見守りながら、将来的な安全対策に活かしていく必要があります」と話している。
■検討委員会報告書 www.pref.saitama.lg.jp/soshiki/f2209/documents/houkokusho_all.pdf
JAMA「Motorcycle Information」2018年4月号特集より
本内容をPDFでもご確認いただけます。
PDF:埼玉安全教育